断薬日記201112

 

断薬まる23か月経過

 
2011年12月04日 | 向精神薬の離脱症状
 
 
こんにちは!

晴れていて、気持ちよい日曜。
やっと荷物が落ち着き、BSやらネットやらラジオ配線やら、工事関係の方が家に来なくなりました。
こうなるまでに引っ越ししてから2週間。けっこうかかったな・・・。

昨日で、薬を全部やめてから23カ月が経ちました。
あとひとつきでまる2年。もう2年も経つのにまだこんなに症状がある。

と思うのと同時に

よくここまで回復したな と思います。


最初の一年は、本当に地獄でした。
よく生きていたなと思います。
よく仕事を続けていたし、よく救急車も呼ばず、警察に駆け込まず、むろん再服薬せず、
よく耐えたな と我ながら思います。
こんな中でタバコという、20年以上の悪癖も断った。

タバコを完全にやめると、タバコがものすごくいやになります。
普通以上にイヤになる。煙が自分のほうにくると「むかっ」とするようになり
その反面、脳のどこかがニコチンを欲しがるという、とても気分の悪い思いをするようになります。
でもそこで負けて吸ってしまうともとのモクアミで
負けずに吸わないでいると、タバコがどうでもよくなってきます。
どうでもいいのだけど、まだ私は隣の人がベランダで吸う煙でちょっとだけ「むかっ」として
脳のどこかが「うまそう」 と認識してます。

はー、毒物ってほんとにこわいよ!!!


離脱症状はあんまり変化がありませんが
杖をつかずに持ち歩くことが増えてきて
何より、引っ越ししてさらに睡眠が深くなってきました。昨晩なんて、6時間起きずにぶっ通しで眠れた!
顔がひきつれることをあまり恐れなくなってきた。(慣れてきたせいもある)
ジスキネジアをとことん憎むようになってきた(笑)

以前は、ジスキネジアということをわかっていても、信じられなくて信じたくなくて
本当に気をそらしてばかりいて、向き合うことができなかった。
今は良く鏡を見て、「いやだなあ、ちきしょー」と思うことが多いです。
止まっていたいのに動く、ぼーっとしたいのにひきつる
表情と感情が連動しないということの、なんとストレスフルなこと。

それでも必ず終わりがあることだし、私は生きる。
少しずつ、私の人生に戻しながら今日も眠って明日も起きて
毎日生きていく。
 

いちからやり直し

 
2011年12月15日 | 向精神薬の離脱症状
 
 
こんにちは!

今日は、グルタチオン点滴を受けに行ってきました。
もう、私は単独行動しています。
4か月前まで、車いすを使っていたとは自分でも信じられない。

ヘルパーさんは、2人の方に来ていただいていましたが
もう、一人で行動するクセがついてきて、度胸も根性も座ってきたし
正直なところ、助けてもらうことが苦痛になってきまして
なので、最初からきていただいている一人の方の週1だけにさせていただくことにしました。
病院もひとりで電車で行くので、週1のヘルパーさんには、本当に自分ひとりでやることが無茶なことだけを
手伝ってもらうことにしました。


一昨日は、相模原の冷えとりショップ「アカザ」に行ってきました。
アカザに行くのは、かれこれ1年何カ月ぶりかになります。
まだ顔がひきつれて変形するので、いきなりいろんな人には会いたくないので、開店1時間前にひょっこりオーナーに会いに行きました。
アルバイトの方もいらして、お手紙のやり取りはしていたのですがお会いするのは初めてで
でも、初めてのような気がまったくしなくて、とてもいい方で、本当にここが好きだなあ と思いました。
ふるさとに帰ってきたような気がしました。
オーナーもアルバイトの方も、とても喜んでくださって、とても楽しい、いい時間でした。


さて!
私は毎日、仕事をしています。
仕事をする といっても、ホームページのリニューアルがメインで
CURAを設立するときと同じことを毎日やっています。
とにかく、発想、企画 の繰り返し。
あんまり舞台裏をお話してもつまらないので書きませんが
だいたい、一日中ひとりで過ごしています。
思いついたことをどんどんやっている感じです。
最初は、今のホームページをいじろうとだけ思っていたのですが
ホームページ制作のプロの方に先日相談をする機会があり
その方に、「今のページはブランド紹介サイト、これとは別にショップサイトがあったほうがいいのでは?」
のひとことで、考えに考えて、そうすることにしました。

私は、冷えとり服で食べていこう って、本気で思ってます。
以前が本気じゃなかったわけではないけど、「これでいける。これでいけばいい」と
もう、安心して取り組めるようになってきました。


再生産していたものも、どんどん入荷してきました。
ウールカシミアニットパンツの新色の黒・ニットパンツLチャコール・腹巻きパンツなどなど・・・。
黒のカシミアパンツ・便利です!

今は、シルクコットンTシャツのボーダーなどを依頼している最中です。
来年の春に発売予定です。
裏シルク表綿(かウール)の巻きスカートも、工場さんに作ってくれないかと相談しています。

靴下の販売は、リニューアルと同時に始めたいので、来年になってしまいますが
どうぞよろしくお願いいたします。
実績を作ったら、JNさんにお願いして靴下の新色も作っていただけたらなあ・・と思っています!


*ちょっとお知らせ

相模原の冷えとりショップ「アカザ」は、年内は12月22日までです。
岩手県花巻市の冷えとりショップ「むかご」にシルクスパッツ・ウールカシミアレッグウォーマーが入荷しています。
東大阪市「美種」にシルクスパッツ・コットンシルクTシャツが入荷しています。
お店に行かれた際は、どうぞCURAの商品をご覧くださいませ☆


本当に、今自分がどうしたいのか、どうしたらベストなのか
それにはどう動けばいいのか を、私はこの半年くらいこれ以上考えられないところまで考えました。
薬をやめることを決意してから、ずっとそんなこと考えているような気がします。
身体が変わってくると、考え方も変わるし、そうするともちろん、環境が変わってくるものですね。
自分自身でこの変化にびっくりしています。

死ぬほど苦しく、ちぎれるほどにさびしく、孤独なときがたくさんあり、今もたまにそんな感情が襲ってきます。
でも、いいんだ って、すぐあとで思えるようになってきました。
ただ辛抱・ただがまん なんて、人間はできないと思うんです。
その背後に何があるのか を、よくよく考えてみたらわかることでした。

タバコをやめてから、5キロくらい太ってしまいました。
体重計を見て、「ううっ、ヤバイ!」と思いますが
なんたって私はタバコをやめたのだ。
20年ずっとやめられなかったものをやめたのだから、仕方ない、いいんだ って思ってます。
食べ過ぎないようにするには、タバコを吸えばいいんだけど、それだけはしたくない。
いずれ「私の人生にタバコがない」ことが当たり前になり
薬離脱症状に終わりがきて、猛烈にイライラすることもなくなってきたら
食欲だって落ち着くし。
「時間薬ですよ!」 と、たまごさんの掲示板にいらしたセバスチャンさんが、何度も言ってくださっていた。

いまの私の必要度は

健康>やせる

私はやせたいよりもずーっと
健康に、元気になりたい。

ご飯をおいしく食べて、ぐっすりと眠り
外の空気に感動し、仕事ができる脳みそがある。

これ以上は今は、どうでもいいのだー

と、念じています。

ぶほー、今日もお疲れさん!
 

それは、本当に合っている?

 
2011年12月22日 | 向精神薬の離脱症状
 
 
この人についていこう
この人とは気が合う

ずっと一緒にいるのか?
本当のことを言っているのか?
誰が決めたのか?
誰が自分にそう教えたのか?
それは本当に、合っているのか?

本当の本当に合っていることは、ない。
あるとしたら、それは自分の直観でしかない。
あなたを、誰が作ったのか?
自分で作りましたか?

あなたの家族は、あなたが選び
あなたの顔や身体をデザインしたのはあなたですか?
あなたは、「こんな人間になろう」と思って、そうなったのですか?

では誰が私を作ったのか?
誰が私をこうさせた?
神様ですか?
神様は、誰が作りましたか?
神様という存在自体、人間が作ったものなら
正しいことなど何もない。
今見ているパソコンのキーだって
今着ているボーダーのシャツだって
聴いている音楽も、何もかも
私がそう感じているだけで、実際はないのかもしれない。

ならば何を信じるか。
何を目印に暮らしていくか。
自分の直観がいちばん信頼できるはず。
信じられる自分に、なることが人生の目標だったりするのかも。


と、こんなことを思っています。

今日はアカザに行きました。
久しぶりに、懐かしい方がたと会えました。
うれしくて、泣きそうな反面
「うかうかしていられない」と、常に戻りたい私がいます。
あまり心を動かしたくないのだと思う。昨日モデルさんも言っていました。
師匠に言われた一言が、「心を動かすな」だったそうです。

でも、本当にうれしかったです。
仲良くお話ができる方3人と久しぶりに会えたのですが
心がほどける ってこんな感じだよなあ とあたたかい気持ちになりました。
そういう気持ちになっても、以前とはまったく違う感じ方をしている私がいます。
 

いつもとアプローチを真逆にしてみる

 
2011年12月28日 | 向精神薬の離脱症状
 
 
こんばんは!

問題がおきたとき、どうしていたっけ?
どうやって納得して整頓して前に進んでいたっけ?

私、自分を変えたいです。変わりたい。
心の底からハッピーだと思える人生にしようと思ってます。

薬をやめ、タバコやめて、新しい仕事が見つかり、やる気がある。
しかし、どうしても同じ失敗をしてしまう。
いつも同じところで間違えてしまう。

それをダラダラと悩んでしまい、ダラダラと嫌な気分だけ残ってしまうのも
私のクセであり、それを「薬の離脱症状」という脳みそのトリックが100倍くらいの不愉快さにさせるのです。

ここでどうにかしようと焦り、「とりあえずの解決方法」を探し、応急処置だけして今まで生きてきましたが
そうするのをまずやめようと思いました。

すべてにおいて
何かを足す方向よりも、何かを捨てる、処分する方向。

悩むとか
あせるとか
追いつくとか必死にがんばるとか

それを続けていった結果、薬を飲むハメになった私がいる。


思ってもいないことを言わない
やりたくないことをしない
会いたくない人に会わない
社交辞令とか、空気読むとか、やめる。
みたくないものをみない
行きたくないところに行かない

とにかく、無理をしない。
かんたんなようですごく難しいです。
習慣 って、本当に怖い。
続けるものは選ばないと。
無理することがラクチンで、無理しないことがこんなに難しいなんてね・・。


なんてことを思っている、年末の夜です。

よく、つまづきます。
薬の離脱症状、身体がラクになってくると精神的なものがクローズアップされてきます。
これは、本当に経験しないとわからないでしょうが・・。
誰にでも、ひどい状況、過酷な状態、「こんな思いは二度と味わいたくない」ことはあったと思うのですが
たとえば、ものすごい振られ方をしたとか
親しい方が亡くなったとか
そういう、ショッキングなことが起こったときにおこる特有の精神状態が日常的に毎日起こります。

ここでどう切り替えるかを、試行錯誤してます。
いろんなことを試していますが
今までと同じアプローチをしないこと を心がけています。

とっても簡単な例をあげると

私はニュースが基本的にキライで
世の中の情報にウトイです。
「芸能人の誰と誰が結婚した」とか
「政治家がこんなこと言った」とか
まるで興味がありません。
興味がないから、だらだら映像を見させられたり、耳に入ってくるのが不快です。

だれかと話をしていて
「○○と○○、結婚したよね〜?」
「また総理大臣がこんなこと言ってるしね」
とか、話題になっても
「知らない、興味がない」というと
「そんなことも知らないの?」とよく言われ、あきれられたので
頑張ってニュースを見たり、新聞を読んだりしましたが
やっぱり興味がないのですぐに忘れてしまいます。
だから、世の中の仕組みとか、あんまり知りません。

人に言われると不安になって
「もっと知らないと」「もっと勉強しないと」「こんなんじゃ恥ずかしい」「バカにされる」
と、がんばって思ってきましたが、

こういうのを、もう、全部やめることにしました。
誰のために知らないといけないのか?
誰にバカにされるのがイヤなのか?
何が本当に恥ずかしいことなのか?

私がそれを知らなくても、誰も困らない。
私がだれかにバカにされても、誰も困らない。
私が困らなければ、誰も困らないじゃないか〜

と、気がついた。

おそっ!


自分を責めて、何かをやる方向、本当に本当に
もうやめます。
それはたぶん、私以外の人も傷つくことになる気がする。

こういうことを書くのも、今まで気がひけていたのですが
書きたくて言いたくてしょうがないことがあるので、流れのままに書いちゃうことにしました。

私は自分が思っている以上に、個性的だったんだな〜と、最近よく思います。
そういう自分をヨシヨシ、大丈夫だ! と声かけしてます。
それをやって、誰が困ることがあろうか?
自分が自分を可愛がれなくてどうする?


今夜はじゃがいも!
 

捨てる以外はなにもしない

 
2011年12月30日 | 向精神薬の離脱症状
 
 
おはようございます!

12月30日、いかがお過ごしですか?
私は何もしていません。
いつもと違うことといえば、これ以上捨てられないところまで、ものを捨てています。
私は文化服装学院の出身なのですが、とうとう教科書を捨てることを決意しました。
教科書は基本中の基本なので、最近またパターンをひくことになった私にはまた必要かもしれないと思ってとっておきましたが
あんまりみないので、もう捨ててしまうことにしました。
わからなかったらだれかに聞けばいいし
また学校で習ってもいい。違う本を買ってもいい。
捨てることを決めてから、なんと胸がスッキリしたことか。
「もうあの背表紙が家からなくなる」と思うだけでスッキリ。
タバコをやめたくてやめたくて、でもどうしてもやめられないときに、やめた友人にコツを教えてと言ったら
「もう吸わなくていい、もうあの行為をしなくていいと思ったらやめられた」
これさえあれば安心 と思うもの、ないほど幸せかもしれません。
やっと、手放すの意味がわかってきた。難しいけどぼちぼちです。


毎朝、6時半からテレビ体操をするので、3チャンネルつけて
体操が終わったらNHKをつけていちおうニュースを流しておきます。
そのニュースを、年末年始はほとんどやらない。やっているかもしれないけど同じ時間にやらない。
なんだか不愉快になるのは、私だけなのかな。
テレビをつけてると、
「この時間はこういう風に過ごすのがフツウだよ」
って、押し付けられているみたいで、ホントに合わなくなってきた。
だいたい私は「フツウ」より、2時間くらい全部が早いみたいです。
生活時間と合わないので、自然と観なくなりました。

お笑いもドラマも、少し前まであんなに好きだったのに
観ていると、どこをまわしても同じ顔ぶれで
彼らも一生懸命生きているんだな と思うけど
特にお笑いは、笑わそうと努力している姿が滑稽でこっちが泣きそうになったりしてしまうので
一番いやな分野になってしまった。惰性でやっている芸人も多いし。
あんなに「ムリしてる」世界はないんじゃないだろうかと思ったりします。
その中でも、天才的な方はたくさんいて、尊敬しながら笑わせてもらったりもするのだけど。
そういう方にはムリを感じない。

特に、3月11日以降はテレビを観なくなりました。
あのときは離脱症状がひどすぎて、正直私は震災よりも、身体の不調がひどすぎて
離脱症状を悪化させた一因くらいしか記憶がないです。

ちょっとそれました。
今読んでいる本に、「なにもない、ものがない」ことの素晴らしさがたんたんと書かれています。
断捨離を私は勉強したことがないのだけど(いわゆる断捨離とは?というのがわかりません)
冷えとりを始める前、薬もまだ飲んでいたころ、ダイエットするのにまずやったのが、ガラクタを捨てるということで
それを期に、いろんなことが変わっていきました。

なので、ものを捨てるということに依存しているのかもしれません。
捨てればなんとかなるかな?と思ってやってます。
実際、定期的に捨てるとなんだかいいです。
どうしたって余計なものはどんどんたまっていくから。

今日もこれから、見慣れた懐かしいもの を捨てます。
午後はモデルさんの撮影なので、またヒエトリスタイルを更新したいと思ってます!