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断薬日記201111

 

いろんな社会の交差点に立っている

 
2011年11月14日 | 向精神薬の離脱症状
 
 
こんばんは!

何か書きたいと思って、箇条書きのようにしていて、そのうちまとめようと思ったけど
引っ越しでネットの工事がいつか未定で、新鮮さがなくなってしまうのがイヤなので
箇条書きのままで、記事公開にすることにしました。
私しかわからない部分も多いかと思います。



今日は、まだ薬を飲んでいたころの主治医の診察を約1年半ぶりに受け、社会的にサポートしてもらえるよう頼んできた。
離脱症状を理解できない、知らない、わからないけど協力できることはあるかもしれない と言われた

浦島太郎
いつを生きていたのか、今がいつなのか
薬を飲んでいたころが前世で記憶だけのもののよう
現実とは思えない、私はどこに行っていたのか
でもそれも私の一部だった

人は見たいように、見て自分がラクなように見る。
おなじみの感情、記憶によって見るみないを選んでいる
自分のことでさえもそう見る。
だから、今は薬を飲んでいたころの自分に現実味がないのだと思う

薬を飲む前に戻りたい、それが本来の自分だと思ってこの22カ月過ごしてきたが
そうでもなかったということを思い出してきた。
昔もけっこうしんどい毎日で、無理して生きていて幸せ感はあんまりなかった
みんなと足並みをそろえないとこの国にいられないなら、外国に行こうと思っていた
でもまったくリアルじゃなかった

いろんな考え方をしていい、いろんな考え方生き方がある ってことを、ほとんど知らずに生きてきた
そういう生き方をしてはいけないと思っていた。しても良いとしても自分にできる、わかると思えなかった。
どうやったらわかるようになるだろうと思うばかりで、同じところをぐるぐる回っていただけだった
ここにきて、いきなりいろいろ見えてきて、自分の知らなかった世界がものすごくたくさんあって
特別なことをして生きていないのに、世界って人生ってまんざらでもないと思えるようになっている

目をギンギンにあけて、ヤッホー!と飛び上がることがない代わりに
肩の力を抜いて、ほほえむことが多くなっているというか
ほほえまなくても、ただ、ぼんやりとまっすぐいられるというか。
とても冷静に落ち着いていられることがなんと幸せなんだろうと思う
芯がぶれないと、交差点に立っていても、自分の立ち位置がわかってくる
ここを見ていれば流されない ポイントがわかってくる

でもそんなのばっかりじゃやっぱり疲れるし、気晴らしは必要だから、昔の人は祭りを大事にしたんだな と思ったりする
私もそろそろバカ騒ぎをしたくなってきた。でも2時間でいいやって感じ。

こんな気分だっていつまで続くかわかったもんじゃない。
「自信がありません!」と、私は自信を持って言えます(笑)